監督ポール・ダノ自身の心情が投影された切なくも優しい作品
©2018 WILDLIFE 2016,LLC.
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『プリズナーズ』『スイス・アーミーマン』など、独特のナイーヴな演技で、ポール・トーマス・アンダーソン、ドゥニ・ヴィルヌーヴら鬼才とのコラボレーションを重ねてきた演技派スター、ポール・ダノ。そんなカリスマ俳優が満を持して鮮烈な監督デビューを飾った。『ルビー・スパークス』で共演したパートナー、ゾーイ・カザンと共同で脚本・製作も担当し、サンダンス映画祭やカンヌ映画祭で絶賛を浴びた。
「いつの日か映画を作る時は、きっと、家族についての映画を作るだろうと思っていた」というダノが原作として選んだのは、ピューリッツァー賞作家リチャード・フォードが1990年に発表した「WILDLIFE」。フォードの小説は、寂獏とした読後感で世界中の読者を魅了しており、「モントリオールの恋人」(村上春樹訳)や「ロック・スプリングス」(青山南訳)などの短編も日本で紹介されている。
物語の舞台は1960年代。カナダとの国境にほど近いモンタナ州の田舎町。14歳のジョーは、ゴルフ場で働く父ジェリーと、家庭を守る母ジャネットの1人息子だ。新天地での生活がようやく軌道に乗り、睦まじい夫婦の姿を息子が安堵の面持ちで眺めていたのも束の間、ジェリーが職場から解雇されてしまう。さらに、ジェリーは命の危険も顧みず、山火事を食い止める出稼ぎ仕事に旅立ってゆく。残されたジャネットとジョーは働くことを余儀なくされ、母はスイミングプール、息子は写真館での職を見つけるが、生活が安定するはずもない。やがてジョーは、優しかった母が不安と孤独にさいなまれ、生きるためにもがく姿を目の当たりにすることになる。
母との関係、父との関係、そして夫婦の関係は、もう元に戻ることはないと分かっていても、それでもジョーの胸には家族が紡いだ愛情が今も残る。変わりゆく家族の形に戸惑いながらも、父と母の姿を見て、ジョーもまた大人になっていく。彼が両親を写真館に誘う、実に美しく、切ないラストシーンでは、彼のまっすぐな視線に観客は彼の未来と生命力を信じずにはいられなくなるだろう。
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母親ジャネットを演じるのはキャリー・マリガン。米アカデミー賞にノミネートされた『17歳の肖像』『わたしを離さないで』『ドライヴ』『未来を花束にして』で観客を魅了してきた儚げな雰囲気を封印して、1960年代のアメリカ北西部の主婦が抱えるジレンマを見事に浮かび上げてみせた。
相手役ジェリーにはジェイク・ギレンホール。アン・リー監督作『ブロークバック・マウンテン』ではアカデミー賞にノミネートされている実力派だ。
そして14歳の主人公ジョーの哀しみと動揺をもの言わぬ演技で表現してみせるのは、8歳で故郷オーストラリアのCMでキャリアをスタートさせたエド・オクセンボールド。これまでには、M・ナイト・シャマラン監督作『ヴィジット』で恐怖におののく主人公を演じている。
良質な作品を数多く世に送り出してきた30代の若き才能たちが作り上げた、普遍的な家族の物語。監督ポール・ダノ自身の心情が投影された14歳の少年ジョーの成長物語でもある。ダノの繊細さと優しさが詰まった本作は、観客ひとりひとりの記憶をそっと呼び起こし、温かい余韻をもたらすに違いない。
- 映画情報
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タイトル
『ワイルドライフ』
7月5日(金)より、YEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開
出演
キャリー・マリガン、ジェイク・ギレンホール、エド・オクセンボールド、ビル・キャンプ
監督/共同脚本
ポール・ダノ
共同脚本
ゾーイ・カザン
音楽
デヴィッド・ラング
配給
キノフィルムズ
・映画『ワイルドライフ』公式HP
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- この記事を書いた人
- 栗林 勝/編集者/1970年東京都生まれ。
専修大学英文科を卒業後、20年ほどアダルト・サブカル系出版社で、雑誌・書籍・ウェブ編集を経験。広く、浅く、安く、をモットーにうす〜く生きている。
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